おかあさんのりぼん

だいぶ春めいて来て、今日は気持ちいいですね。

今日は、詩の紹介です。

 

おかあさんのりぼん

              おーなり由子

こどもができたとたん

まわりのひとたちから

「おかあさん」と呼ばれる

しらないひとからも

〜おかあさん

 

まるで違う人になったかのように

自分の名前は 呼ばれなくなる

急に「おかあさん」と呼ばれても

おかあさんになんてなれないから

心のなかで しかめっつら

名前のない「おかあさん」のなかには

「やさしく あかるく がまんづよく」

も はいっている時があるから

ますます しかめっつら

 

やさしくなくて

あかるくなくて

すぐに弱音をはくわたしは

どこに行けはいいんだろう

 

生まれたばかりのあかんぼうは

まだ目も見えず

わたしことを

「おかあさん」なんて呼ばない

 

わたしはわたしよ

と足踏みして

ほころびかけた花のつぼみを見ていた

そうして

お乳をあげて おむつをかえ

はいたら乳をふき 背中をさすり

けしつぶみたいな つめを切り

頭をぶつけては おろおろして祈り

泣きやまない夜に途方に暮れたり

髪ふりみだして 追いかけたり

食べさせたりするうちに

ああ もう!

なんと呼ばれようが どうでもいいや!

と、思うようになるころ

 

〜おかあしゃーーあん

 

ことばなんか知らない

赤くてふにゃふにゃだった生き物が

 

〜おかあしゃーーあん

 

わたしを呼ぶ

 

そう呼ばれたとき

わたしのなかは

やわらかいあたたかいもので

いっぱいにふくらみ

その一瞬に

りぼんをかけて

かざりたいような気持ちになった

 

その声が

「おかあさん」ということばが

なにかの

ごほうびのように思えて